我々は常に時間の流れの中に身を任せている
今この時も、時間は刻一刻と過ぎているのだ。
そうした時間軸の流れの上に、我々の行動は刻まれているのだ。
時として、そんな時間の流れを無視した事に遭遇してしまうことがある。
例えば、メールでのコミュニケーション
メールAを出したとする、先方はAに関することではなく全く別の内容を返してくる・・・
そして、その内容についてのやりとりがあった後、突然として、メールAに関する反応が別の形で返ってくるのだ。
その発端となったメールAを出した当の本人にとっては、数日の時間の流れがあり、その間、全く関係のない内容のメールのやり取りがあったのだから、突然の事にしか思えない場合がある。
何故、そのメールAを受信したときに、その反応が示せなかったのか?
見過ごしていて、あとからそれを読んだから?、或いは何らかの理由で飛ばし見したとか?
時間軸を疎かにしているとしか自分には思えない。
確かに、メールの性質上、電話と違い、都合のよいタイミングで対応できるという利便性はあるものの、その間に、何回か別件でのメールのやりとりがあったわけで、その後の事であるから尚更、自分勝手ながら理不尽な・・としか思えない。
まぁ、ともかく、その発端となったメールを出したのは自分なのだから、それは仕方ないとしても、少なくとも、先方から寄せられたメッセージ、メールのタイムスタンプくらい気を付けようってことだな。
また、時間の流れに身を任せていないってことでもある。
強いて言えば、それは「自分時間に・・」である。




例えば、酒の席で少し相手を傷つけることを言い、相手はいろんな不安や悩みがある中、その言葉に引っ掛かり私を殴ったとしよう。だから、私は自分が相手を傷つけたのだから、それは仕方がない。酒の席だと言っているのだから普通に対応しようと大人的対応に努力した。だが、その痛みが心の中でじわじわ増してしまい、どうにもこうにもならず、大人げないと更に自分を戒めても、その痛みは消えない。じっと自分を抑えていた中、さらに相手の言葉も加わって、より増してしまったというわけです。私の心は私の時間の中で動いています。それは相手に見えません。そこに葛藤という見えない私だけの時間軸があるのです。相手の心は見えにくいものです。今回もあなたの言葉に傷つきました。どうして私はあなたの言葉に傷つくのでしょう。
sizukuの投稿 (2011年 10月 31日)
12:54 pm
時に、言葉は相手の事を思えば想うほど、ストレートな言葉になり、思い掛けず相手を傷つけ、そして傷付くものです。
相手に素直に届けたいと思って吐いた言葉が伝わらないのです。
自分の言葉には相手を傷つける毒を含んでいるのだと・・・これは以前より思っている事ですが、なんの修飾も含みも持たせない言い回しが災いしている事を何度も味わっています。
そして自分は受け取る言葉を一端は額面通りに理解して取り込もうとするけど、やはり後々その言葉の前後との繋がりから、その意図を分析してしまいます。
その事が誤認識を誘発する事もあるということ。
そして自分の言葉が言葉足らずで相手にも誤認識を誘発させているのだとも考えるに至ったのです。
あの時、なぜあんなメールを書いたのか、そのキッカケは自分の中で明確です。
しかし、そのキーワードがなんであったかを明確には伝えることはないでしょう。
そのことがまた、傷付ける事になるから
でも、こうして会話?意志?の疎通が出来るというのはまだ見限られていないんだと嬉しい気がします。
嫌な辛い気持を抑えて反応してくれるのは嬉しい。
まだ、独りじゃないんだって。
とんぷうの投稿 (2011年 11月 1日)
8:53 am